私の夫は右利き◆宇宙のへそブログ

変わっているのに周りの人に同調されたがっていつも空回り。多分未来人の右利きの夫がいる。

グレー知らずの曖昧反対宣言が急に発動する時

昨今、ネットではとても便利なツールがあって
私もお世話になっている一人だ。

 

 

よく使うものの一つに
スケジュール調整アプリがある。
名前は出さないが、アレである。

 

 

あれの中に
参加不参加未定があるが
あの未定の使い方について
ちょっとモヤッとしたので
それについて話したいと思う。

 

 

参加不参加は問題ない。

 

というか、基本ドタキャンやドタ参は
よくあることだし
許される範囲ならば全く問題がないと個人的に思っている。

 

 

 

ドタキャンの場合は
キャンセル料がかかったり
ドタ参さんの場合は
枠に入れなかったりと
それは本人が受け入れる問題だし、
自分で決めれば良いと思う。

 

 

 

ただ、連絡がなかったり
ドタキャンやドタ参が連続すると
信用問題に発展するリスクも
本人は追わなければならないが
それは私には関係のないことなので触れないでおく。

 

 

 

問題はこの「未定」問題だ。

 

 

 

この未定にはいくつかの意味合いがあると考えられ
それを考察してみたいと思う。

 

 

・本当に今の段階では分からない「未定」

・いく人を見て決める「未定」

・行けないけど言いたくない自己保身の「未定」

・興味すらないけど不参加にしたくない謎の主催者忖度の「未定」

 

 

まだあるかもしれないが
今のところこんなところが考えられる。

 

 

 

今の段階でわからない「未定」は
全く問題がない。
なんならこういう人はいつまでに返事しますね〜
なんて言ってくれたりもする。

 

 

 

じゃなくて
私はこの本当の未定以外の未定にかなり疑問を感じてならない。

 

 

未定じゃない未定は
なんだか香ばしい匂いがして
モヤモヤが止まらない。

 

 

不参加なのに未定としてしまうとしたら
多分「せっかく誘ってくれた主催者に対して申し訳ない」とか
そういう忖度も含まれているんだろうけど
これはかえって迷惑でしかない(私はだけど)(他の人は知らんけど)

 

 

そんなことがあって
人数が確定しないことに
ぷりぷり腹を立てて、私は夫に
同意を求めたが、案の定あっさり
すいっとかわされた。

 

 

別に忖度だっていいじゃないか。
行かないものとしてカウントしなさいよ。
参加の人だけにフォーカスしたらいいでしょ。
そういう曖昧な人を救おうとしなくていいのよ。
未定が参加になった時になんとかしてあげなきゃ
って思うから腹立つんでしょう?

何もしなくていいから。
もう無理です、これません!でいいから。

 

 

ほんとにあんたは、グレーをしらないというか
白黒はっきりさせたがるというか
自分がしんどくなるんだから
もういい加減グレー覚えなさいよ。

 

 

 

うーーーーむ

何も言い返せない。

 

 

がしかし、未定への怒りはおさまらない。

 

 

 

何がそんなに私の腹を煮えさせているのか?

 

 

ここで書き記すのは割愛するが
自分の本音が見えたので
未定問題は早々に解決すると思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいことだけをやる!に若干モヤモヤしている

自分のtwitter更新ついでにフィード
見てたら新年の抱負なのか、
「今年こそはやりたいことをやる!」
と宣言している2.3人にでくわした。

 

 

私はこれを見た時にちょっと考え込んでしまった。

 

 

なぜなら、多分私たちは
したいことしかしていないからだ。

 

 

それが意識的に「イヤなこと」だったとしても
誰かに選ばされているという状況を選んでいるのは自分だし
したくないことをやるという選択をしているのも自分だし
したいことしかしていない。

 

 

ここでいう、したいことが
根本的に意味が違うのかもしれないが
でも自分が、したいことをすでにしていると
認識しなければ状況は一向に変わらないだろう。

 

 

 

多分したいこととは、
心の底から楽しめることとか
ワクワクすることとか
自分が嬉しくなること!とかなんだろうけど

 

 

 

たぶんね、したかったら宣言する前に
多分してる。お腹が空いたら何かを口にするように。

 

 

 

だから今の状況も
なんやかんやと、自分がそれを選んでいる
ってことに気づかないと多分何も変わらないし
その、したいと思っていることには辿り着けない。

 

 

 

楽しいことやワクワクすること
したいことをしている人っていうのは、
したいことももちろんしているけど、
他人が見えてない辛いこともたくさん経験していて
いいとこ取りじゃなくて
全部取りなんだと思うわ。



他人にわざわざしんどいことなんかいう必要もないし
他人は自分のみたいようにしか見ないし
だから、いい感じにマッチングして
すごくいいことが起きているように見えてるだけなんだと思う。

 

 

 

で、多分実際楽しいことが目の前に来ても
気づかなかったり、お金が〜とか時間が〜とか
家族が〜とかパートナーが〜とかいって
チャンス逃しているんじゃないかね〜

 

 

 

結局のところ、今の現実は
全て自分が選んでいるってことに
気づくところからではなかろうかね〜

 


楽しいことやしたいことなんて
ささっと今すぐやっちまえばいいのだけど
わざわざ宣言するくらい
ものすごいハードル高いものにしていることに
気づくことじゃなかろうかね〜

 

 

って過去の自分を見てても思いますね。

 

 

夫曰く
言いたいだけの人が言ってるだけで
ほんとにそうなりたいわけではないから
そんなのにいちいち反応しなくて良い
ってことなんだけど

 

 

 

ま、それ聞いて
かなり納得しましたね。

 

 

言いたいだけ。

 

 

言ってるから現実化したい
ってわけではないんですよね。